第三十一回歌壇賞応募作品「秋への里程」三十首
秋への里程 秋山千景
うぐひすのこゑを忘れて聴く蝉のひたむきなれば急ぐなりけり
渓流を伝ひ来れるおほるりのこゑ聴くなへに日はあらはれぬ
木々の指すひかりへ向かふ駒鳥のさへづりとほく夏の明け方
ひと夏を眺め暮らしのあかるさは滅びの色と思ひながらも
山鳩のこゑにつられてたまゆらをその電線のうへに過ごしぬ
たまかぎる葉擦れのゆふべ 六弦がVini Reillyの十指に鳴れば
まぼろしの音となるのみ独酌の酒にまかせて歌を詠むのみ
暮れゆかむ夏を惜しめば山法師いづこに咲いてゐたんだつけか
歌会を我が手にひらく愚かさを内なる虎に喰はれて知りぬ
組むことの危ふさいまだ知りもせで酌み交はしてや高架のもとに
ゆるやかに軋むばかりの関はりに酒をあがなふけふもあしたも
あかつきの寝覚めはつかにうなされて歌会の場にわれのみありき
費やしてゐたとも知らずうつせみの身に潰えゆく夢のありけり
いくたりのこゑ妨げて来し方を問はずがたりに過ぎにしわれか
打ち解けて近寄りすぎるさみしさの、いつか白夜をみにゆくだらう
逃げ水のやうだとおもふ 初めからずつと渇いてゐたかなしみを
いまだ見ぬ輩(ともがら)になほ遇はむとてけさ鶏は鳴きにけるかも
市街地に百日紅まだ咲きのこる盛りの蝉のこゑを宿して
感情を呼び水としてしめやかに心は秋の色を帯びゆく
くちびるに人差し指をあててゐる木犀の香をまへに視ながら
山里を隔てて過ぎるゆふぐれは心の底ゆひぐらしのこゑ
三日月の架かれる空は白檀の香りみだらに立ち込めて見ゆ
柿の実の甘きに冴えてしらまゆみかかるひと夜を影と分けあふ
秋雨の気配するどく飛ぶ鳥のあすか色づくべき楢の葉は
いくたびか奈良の都に遊べども鹿鳴くこゑはいまだ知らずも
終はりゆく夏の名残りに空蝉は枯葉と雨とともに落ちゆく
都へと向かふ心のあくがれは縁(ゆかり)のあるといふにあらねど
一幅の絵に降りしきる色彩が、銀杏紅葉のやうにかなしい
東山魁夷したしく読みにけり『京洛四季』の移ろひあはれ
錦繍を求めてやまず絵のなかを紅葉の群れは永久(とは)に流らふ
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